大阪高等裁判所 平成元年(行ス)2号 決定 1989年8月10日
主文
原決定を取消す。
本件を大阪地方裁判所に差戻す。
理由
第一 申立てと主張
一 抗告人ら
抗告の趣旨及び理由は別紙抗告状及び抗告人ら代理人作成の意見書三通に記載のとおりである。
二 相手方ら
抗告の趣旨に対する答弁及び相手方らの主張は相手方ら代理人作成の別紙意見書二通に記載のとおりである。
第二 当裁判所の判断
一 本件疎明によれば、次の事実が認められる。
1 当事者について
(一) 抗告人河之口を除くその余の抗告人らはそれぞれ別表一Aの抗告人氏名欄記載に対応する同表の児童名欄記載の児童の、抗告人河之口は別表一B記載の、いずれも親権者であって、それぞれその親権にかかる児童を現に監護しているものである(以下、別表一A及びB記載の児童を、一括して「本件各児童」という。)。
(二) 相手方らは、いずれも児童福祉法(以下「法」という。)第三二条第二項、大阪市児童福祉法施行細則第二条により、大阪市長から法第二四条に規定する措置に関する大阪市の権限を委任された者である。
なお、児童福祉法の一部を改正する法律(昭和六二年法律第九八号)による改正前の児童福祉法(以下「旧法」という。)第二四条では右措置に関する権限は大阪市長に属するものとされていたが、当時もその権限は相手方らに委任されていた。
2 本件各処分の存在について
相手方大阪市浪速区福祉事務所長は、平成元年三月三一日付で、抗告人大桑、同辻本、同坂東力夫、同坂東勝に対し、それぞれ別表一A記載の保育所入所措置、すなわち同表記載の各児童につき、いずれも措置期間を同年四月一日から同年九月三〇日までとし、措置保育所を大阪市立小田町保育所とする入所措置をし、また相手方大阪市住吉区福祉事務所長は、同年三月三一日付で、抗告人河之口に対し、別表一B記載の保育所入所措置、すなわち同表記載の児童につき、措置期間を右同期間とし、措置保育所を大阪市立苅田南保育所とする入所措置をした(以下、右各入所措置を一括して「本件各処分」という。)。
3 本件各処分に至るまでの経緯について
(一) 本件各児童についての最初の保育所入所措置
(1) 大阪市は、同和対策対象地域(以下「同和地区」という。)内に、そこに居住する者の児童の保育を担う保育所(いわゆる同和保育所)の設備及び整備に務め、他の地区に設備された保育所に比して、保母等職員の加配置・保護者の負担軽減等の特別措置を講じてきた。
そして、大阪市は、同和地区内の居住者の児童は親の受けている部落差別による影響を受けてその他の地区の児童に比べて心身の発達において低位性が見られるが、その低位性自体が法第二四条にいう「保育に欠ける」状態であるとの立場の下に、その低位性を克服するための就学前教育の一環として同和地区の児童につき同和保育所での皆保育を目標として、現にそのように同和保育所への入所措置が運用されてきた。
(2) 抗告人らは同和地区の居住者であるが、その監護する本件各児童につき抗告人ら及びその配偶者が昼間居宅外で共働きをしていて保育ができないため、抗告人河之口を除くその余の抗告人らは相手方大阪市浪速区福祉事務所長に対し、抗告人河之口は相手方大阪市住吉区福祉事務所長に対し、それぞれ、別表第二のA、Bに記載の措置期間欄記載の各始期の日に先立ち、保育所入所申請をした。
相手方らは、抗告人らの右各保育所入所申請を受理し、本件各児童につき抗告人らの申請どおりの理由により「保育に欠ける」状態にあるものと認め、旧法第二四条に基づき、別表二のA、Bの各措置期間欄の始期の日付をもって、抗告人らに対して最初の保育所入所措置として別表第二のA、B記載の内容の保育所入所措置、すなわち、措置期間をいずれも一律に、入所措置の日である四月一日又は一一月一日(始期)からその年の九月三〇日又は翌年の三月三一日(終期)の六か月間(但し、入所措置の開始が一一月一日であった児童については五か月間)とし、入所保育所(以下「当初保育所」という。)を同表の保育所欄に記載の同和保育所とする保育所入所措置(以下「当初入所措置」という。)をした。
(二) その後、相手方らは抗告人らに対し、本件各児童について、旧法第二四条又は法第二四条に基づき、毎年、措置期間の満了する一〇月一日付及び四月一日付で、措置期間を一律に六か月とし、入所保育所を当初保育所とする保育所入所措置を反復し、昭和六三年九月三〇日の措置期間の満了のころには、同年一〇月一日付をもって、抗告人らに対し、本件各児童につき、入所保育所を当初保育所とし、措置期間を同日から翌年三月三一日までの六か月間とする保育所入所措置をした。
なお、相手方らの採った当初入所措置後の右保育所入所措置のうち、各四月一日付の保育所入所措置は抗告人らからの保育所入所継続申請書による申請に対するものとしてなされ、また、各一〇月一日付の保育所入所措置は抗告人らからの保育所入所に関する申請がなされていないのに、相手方らの職種によりなされたものであったが、いずれの場合も、大阪市における前記のような同和地区の児童についての皆保育の方針もあって、特に本件各児童が「保育に欠ける」状態にあるかについての調査はなかった。また、本件各児童は抗告人ら及びその配偶者の前記事情のため、継続して「保育に欠ける」状態にあったものであった。
(三) ところで、旧法又は法及びこれに関連する法規、大阪市条例等には、旧法第二四条又は法第二四条による保育所入所措置につき期限を付することができる旨の規定はないが、相手方らが当初入所措置及びその後の入所措置につきいずれも措置期間を六か月とする期限を付したのは、次のような事情によるものであった。すなわち、旧法第二四条の定める保育所入所措置の要件である「保育に欠ける」との内容を具体化した通達である「児童福祉法による保育所への入所の措置基準について」(昭和三六年二月二〇日児発第一二九号厚生省児童局長通知。但し、同通達は、昭和六二年一月一三日児発第二一号厚生省児童家庭局長通知によって廃止された。)において、保育所入所措置の円滑かつ適正な実施を確保するために、その入所に関する措置基準を定めるとともに(その基本的な内容は、現行の児童福祉法施行令第九条の二の定めと同旨である。)、「入所の措置をとるに当たっては、あらかじめ六箇所の範囲内で入所の期間を定めて行うものとし、その期限が到来した場合において、なおその措置児童の措置理由があると認められるときは、その入所措置を更新する等適切な措置権の行使に務めること」としていたため、大阪市でも右通達の趣旨に沿い、以後、一般に保育所入所措置について一律に六か月の期限を付する運用がなされ、同通達廃止後もそのような運用が継続される一方、少なくとも同和保育所に入所措置された他の児童については、児童又はその保護者の自己都合による場合を除き、六か月の措置期間の満了の都度、入所措置の更新により入所措置が継続されてきた。
(四) 以上の一連の保育所入所措置により、本件各児童は当初保育所入所措置の措置開始日から当初保育所で継続して保育されていたが、抗告人らが平成元年三月中にした保育所入所更新申請に対して相手方らのした本件各処分が前記のとおり入所保育所を当初保育所からそれ以外の保育所に変える内容であったため、同年四月一日以降は当初保育所での保育が受けられないでいる。
4 本案訴訟の提起について
抗告人らは、相手方らからの通知により、平成元年三月三一日あるいは同年四月一日に本件各処分の存在を知り、同月一一日に大阪地方裁判所に本件各処分が入所措置すべき保育所についての変更処分であるとして、その取消しの訴えを提起し(同裁判所平成元年(行ウ)第二三号事件)、同訴訟は現に同裁判所に係属している。
二 本件各処分の法的性質について
1 ところで、相手方らは、当初入所措置及びその後の保育所入所措置の各保育所入所措置はいずれもこれに付された期限の到来によって当然に効力を失い、引き続いてなされた保育所入所措置は先行する保育所入所措置とは別の新たな保育所入所措置(処分)であると主張する。
2 しかしながら、本件各処分は、以下の理由により、先行する保育所入所措置に付されていた期限の更新と、更新と同時になされた入所保育所についての変更を内容とする処分であると解すべきものであって、相手方らの右主張は採用できない。すなわち
(一) 法は、国及び地方公共団体に対し児童を心身とも健やかに育成する責任を課し(第二条)、この責任原理はすべて児童に関する法令の施行にあたって常に尊重すべきものとし(第三条)、これを承けて、第二四条は「市町村は、政令で定める基準に従い条例で定めるところにより、保護者の労働又は疾病等の事由により、その監護すべき乳児、幼児又は…(中略)…児童の保育に欠けるところがあると認めるときは、それらの児童を保育所に入所させて保育する措置を採らなければならない。ただし、付近に保育所がない等やむを得ない事由があるときは、その他の適切な保護を加えなければならない。」と規定して、市町村に対し、児童につき、同条本文所定の保育に欠けるところがあると認めたとき(以下「入所措置事由」という。)には、同条但書所定の事由(以下「入所措置除外事由」という。)がある場合を除き、保育所入所措置を採るべきことを義務付けているのであるから、市町村は、保育に欠けると認めた児童については、保護者の申請の有無にかかわらず(児童福祉法施行規則第一九条第二項、第三項参照)、入所措置除外事由がある場合を除き、保育所入所措置を採らなければならないとともに、入所措置事由が存続しかつ入所措置除外事由の発生しない限りは、これを継続しなければならないのである(旧法第二四条も、措置義務者が市町村でなく、その長であることを除いては同旨であった。)。
(二) 法及びそれに関連する法規、大阪市の条例等には、法第二四条の保育所入所措置に期限を付することができるかについて何ら規定するところがなく、従って保育所入所措置に期限が付された場合の期限の更新に関する規定もない(旧法下においても、同様であった。)が、法第二四条の「政令」に該当する児童福祉法施行令第九条の二に定められた措置基準事由及びこれに従い、これとほぼ同旨の大阪市保育所入所措置条例(昭和六二年条例第一二号)第二条の措置基準事由をみると(前記通達も、ほぼ同旨の措置基準事由を列挙していたから、旧法の下でも、以下のことは同様であった。)、その事由のなかには、一定期間の経過によってその事由が消滅し、児童の「保育に欠ける」状態が解消することが相当の蓋然性をもって見込まれるもの(例えば、同条例第二条第三号の保護者が「妊娠中であるか又は出産後間がないこと」、第六号の保護者が「震災、風水害、火災その他の災害の復旧にあたっていること」の各場合が右のような場合に当たるであろう。)もあれば、その事由がいつ消滅するか不明であって、従ってその事由の存在を理由に「保育に欠ける」とされている児童の「保育に欠ける」状態の解消する時期が不明であるもの(同条第一号の保護者が「昼間に居宅外で労働することを常態としていること」、第五号の保護者が「同居の親族で長期にわたり疾病の常態にあるもの又は精神若しくは身体に障害を有するものを常時介護していること」の各場合が、右のような場合に当たるであろう。)もあるのであるから、措置権者が入所措置事由の認められる児童につき保育所入所措置を採るに当たって、前者のような場合にまで、措置期間(期限)を付することが全くできないとは解することができない。
しかし、前者の場合において、その見込み期間をもって児童の保育所入所措置の措置期間とし、その措置期間の満了(期限の到来)をもって保育所入所措置が当然に失効するとされることが是認されることがあるのは格別として、前者の場合及び後者の場合を含めて一律に児童の保育所入所措置の措置期間を六か月と定め、その措置期間の満了(期限の到来)をもって保育所入所措置が当然に失効するものとすることは、法が入所措置事由を具備した児童についての保育所入所措置を法自身の定める入所措置除外事由のある例外的な場合を除いては措置権者の義務としている前記趣旨に合致しないものと考えられる。なぜならば、措置期限付の保育所入所措置は措置期限の到来によって当然にその効力が消滅するものとすれば、右措置期限後も法第二四条により保育所入所措置を継続してなすべき児童について、新しい保育所入所措置がなされるまで、一時的にしろ保育所入所措置が採られない期間が生ずることがありうることとなるが、そのような事態の発生の余地を残す措置期限についての理解は、法の右趣旨に沿わないからである。
そして、大阪市が保育所入所措置に一律に六か月の期限を付する根拠となった前記通達においても、期限到来後の入所措置の更新が予定されていたのであり、現実にも、本件各児童のみならず同和保育所に入所措置されていた他の児童についても児童又はその保護者の自己都合による場合を除き、六か月の措置期間の満了の都度、入所措置の更新により入所措置が継続されてきたことは前認定のとおりである。
(三) 以上によると、相手方らのする法第二四条による保育所入所措置は、六か月の期限付でなされているが、期限の到来した時点でなお保育所入所措置を継続すべき児童については期限の更新がなされることが予定されていたものというべきであり、抗告人らが毎年四月一日付の保育所入所措置に先立ち、保育所継続申請書と題する書面により保育所入所措置の継続を申請し、これに対して相手方らが同一内容の保育所入所措置をしてきた事実も、そのことを裏付けるものというべきである。
そうとすれば、措置権者たる相手方らにおいては、期限の到来の都度、児童についての入所措置事由の見直しと入所措置除外事由の有無を検討した上、入所措置事由又は入所措置除外事由の存否により、保育所入所措置に付されていた期限を更新して引き続き保育所入所措置を採るか、保育所入所措置を打ち切るかを決することとなるものというべきであるところ、このように期限の更新が予定されている保育所入所措置は、それに付されていた期限の到来によっては当然にその効力が消滅するものではなく、措置権者が保護者のした更新申請の受理を拒み、あるいは保護者に対しその保護する児童につきそれまで入所していた保育所からの退所を求めるなどの方法で保育所入所措置の期限の更新を拒絶する処分をした時にはじめてその効力が消滅するものと解するのが相当である。
3 右の見地から考えると、相手方らが抗告人らに対し、当初入所措置及びその後の各保育所入所措置について、それに付されていた措置期限の到来の都度同一内容の保育所入所措置を反復してきたのは、先行する保育所入所措置の措置期限を更新してきたに外ならないものというべきである。
ところで、相手方らは、本件各処分の直前の保育所入所措置(昭和六三年一〇月一日付の措置期限を昭和六四年三月三一日とする保育所入所措置)の措置期限の到来に際しては、本件各児童につき保育所入所措置要件が存続していることを承認して保育所入所措置を継続するとともに、入所措置する保育所をそれまでの保育所とは別の保育所とするとの本件各処分をしたのであるが、このような内容の本件各処分は、直前の保育所入所措置の期限を更新するとともに、保育所入所措置の実施方法である入所措置する保育所を変更する処分であると解される(相手方らに右のような変更処分をする権限の存することは、大阪市児童福祉法施行細則第九条第二項中に「法第二四条の措置を変更した」場合についての言及があることによっても、知られる。)。
四 本件各処分の法的性質が以上のとおりであるとすると、本件各処分の効力が停止されれば、本件各処分に先行する保育所入所措置についての抗告人らの更新申請に対する相手方らによる処分が未だなされていない状態に復帰し、相手方らは右保育所入所措置に付された措置期間の満了後も本件児童を当初保育所で引き続き保育しなければならないという外ない。
そうすると、抗告人らは、本件各処分の効力の停止を求めるについて申立ての利益を有するものというべきであるから、抗告人らにつき本件各処分の執行停止を求めるについての法的利益が認められないことを理由として、抗告人らの本件執行停止の申立てを不適法却下した原決定は取消しを免れない。
よって、民事訴訟法第四一四条、第三八八条により、原決定を取消して本件を大阪地方裁判所に差戻すこととして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 中川臣朗 裁判官 緒賀恒雄 裁判官 長門栄吉)